お墓をオリジナルで作れるブログ:15-10-23
私は親と離れて住んだことが今までない。
生まれた時から私が21歳になるまで、
一番長い時間離れていたのは
私が修学旅行に行った時の5日間ぐらい…
特に、
私とお母さんの関係は特別で、
私のお子さんの頃のあだ名は
「お母さんのしっぽ」だった。
ただの一秒も
お母さんのそばを離れないということから、
誰かが私につけたあだ名だ。
だが、私も年を重ねると、
お母さんのそばにいつも一緒にいるのは
だんだん難しくなった。
学校の授業、仲間との遊び、サークル活動、バイトなど
私とお母さんの間にはいろんな邪魔者が増えてきた。
そんな中…
私の一年間の交換留学は、
親にとって「衝撃的なニュース」であった。
自分の娘が外国で暮らす…など
想像もつかないことだった親。
しかし、
親は笑顔で私に「さようなら」を言った。
別れの時、私は馬鹿みたいに空港で、
「わああんわああん」
声を出して泣いてしまった。
親父はおととし退職。
貧しくはないが、決して裕福ではない家庭、
これが私の家庭だ。
また、今まで離れて暮らしたことない娘を、
外国に送り出す親の心はどうだっただろう…
彼らも心の涙を流したはずだ。
飛行機の中で私は決意した。
これから、一人で立ってみよう。
親に絶対心配をかけない。
そこで、考えたのは
自分の生活費は自分で稼ぐこと。
私には何も言ってくれないが、
親父も退職したことだし、
きっとお金の問題があるはずだと思って
バイトをすることにした。
バイトができる資格証をもらった後で
私はすぐバイト先を決めた。
ホテルでのバイトとレストランでのバイト。
二つのバイトは簡単ではなかったが、
生活費には充分だった。