近年の石材加工技術の進歩によって、個性的なデザインの墓石が全国各地で見られるようになりました。
故人の自然観や宇宙観を表現したり、生前興味のあった何かしらのデザインにすることもあります。アメリカでは古来よりお墓を芸術作品と考える伝統が存在し、墓石に芸術家が腕を振るうケースも多くあります。
これまでの日本では、お墓を芸術作品とみる傾向はありませんでしたが、最近では変わってきているのです。日本人というのはお墓に関して、非常に保守的であり実際にあなたも保守的な考えを持っているのではないでしょうか?
最近ではお墓に「自分の死後の安住地」として考えている人が多く、お墓に個性を求めている傾向にあるのです。 人生において霊園に足を運ぶことは何度かあるかと思いますが、実際に購入をするとなるといかがでしょうか?
霊園の購入なんて考えたことが無いという人が多いですが、基礎的な知識は知っておく必要があるのです。
お墓をオリジナルで作れるブログ:23-09-26
わたしは高校を卒業後、美容学校に行くために実家を出ました。
それからは実家に戻っていませんから、
すでに人生の半分以上を小樽で過ごしていることになります。
美容学校時代ゴールデンウィークや夏休みになるたびに、
帰省を楽しみにするクラスメイト達の心情を、
私は複雑な思いで見ていました。
私は実家に帰りたくなかったから…です。
しぶしぶ帰っても、故郷は何も変わらずにそこにありました。
ただ、家族が何か違っていました。
駅まで迎えに来てくれたおとうとは、
トンネルに入る前の料金所にいるおじさんに通行券をもらいながら
「どうもありがとう」と言いました。
昔は挨拶すら苦手なシャイなおとうとだったのに、
その言葉がとても自然だったこと。
夕食で焼肉を食べに行ったら、
父親がみんなの分の肉を焼き始めました。
「昔は、こんなことする人じゃなかったのに」と、
私は眺めているのに、継母やおとうとは
あたり前のように受け入れていること。
父親に対してグチを言わなかった継母が、
「一緒にでかけたりしてくれないから本当につまらないのよね」
と私に笑いながら言った会話。
かつてなかったことが、あったのです。
ごく普通にあたり前のように…
親の離婚、その後の父親の再婚が受け入れられずに出た家ですが、
私が出た後も長い年月を経て、
父親・継母・おとうとは、
家族というものを形成し直して来たのでしょう。
家族である姿がそこにはありました。
「私がいると、この家はうまくいかない」
18歳の私はそう思いましたが、
「家族になること」を嫌い避けてきたのは、私だったのです。
私は故郷と共に自分の存在を消してきたのです。